中国北西部を原産とするバラ科の落葉小高木、モモ(㊥桃Prunuspersica)あるいはノモモ(㊥山桃P.persicavar.davidiana)の核の中にある種子を用いる。花は白桃花(はくとうか)、葉は桃葉(とうよう)と称して薬用にする。日本には古くから伝えられ、弥生時代の遺跡からもモモの種子が発見されている。すでに平安時代から栽培されていたが、専ら花の観賞用だったといわれている。果樹としての記録は江戸時代からであるが、当時の桃は小さく果肉が硬かったと考えられ、今日のような栽培品種は明治以後に導入されたものである。ただし薬用の桃仁としては、果物用の白桃や水蜜桃では種子が小さいため適さない。桃仁の成分として脂肪油40~50%、青酸配糖体のアミグダリン、酵素のエムルシンなどが含まれ、薬理作用として抗炎症作用、鎮痛作用、血小板凝集抑制作用。線溶系活性作用などが知られている。月経障害、腹部腫瘤、下腹部痛、神経痛、打撲傷、内臓の化膿症、便秘などに用いる。漢方では活血・排膿・潤腸の効能があり、白桃花は利尿・緩下薬として浮腫や脚気、便秘の治療に、桃葉は浴湯料として皮膚病などに用いられる。→桃葉・白桃花
目次
①活血作用
瘀血による月経障害や疼痛に用いる。生理痛や下腹部が痛むときには桂枝・芍薬などと配合する(桂枝茯苓丸)。月経量が少ないとき、月経が停止するときには紅花や四物湯などと配合する(桃紅四物湯)。血の道症などでイライラやのぼせ、頭痛のあるときには大黄・芒硝などと配合する(桃核承気湯)。腰痛や坐骨神経痛などによる筋肉痛、関節痛には羗活・牛膝などと配合する(疎経活血湯)。打撲、捻挫の疼痛や腫脹に当帰・大黄と配合する(千金鶏鳴散)。
②排膿作用
内臓の化膿性疾患に用いる。右下腹部が痛む腸癰(虫垂炎)などには牡丹皮・冬瓜子などと配合する(大黄牡丹皮湯・腸癰湯)。咳嗽、喀痰の続く肺癰(肺化膿症)などには芦根・薏苡仁などと配合する(葦茎湯)。
③潤腸作用
腸燥便秘に用いる。高齢者にみられる乾燥性の便秘や運動不足による便秘に麻子仁・当帰などと配合する(潤腸湯)。
処方用名
桃仁・光桃仁・桃仁泥・トウニン
基原
バラ科RosaceaeのモモPrunuspersicaBatsch、ノモモP.davidianaFr.などの成熟種子。
性味
苦・甘、平
帰経
心・肝・大腸
効能と応用
方剤例
破瘀行血
①桃紅四物湯
血瘀による無月経・月経痛・腹腔内腫瘤などに、紅花・赤芍・当帰などと用いる。
②生化湯
産後瘀阻による悪露停滞・下腹痛・下腹部の腫瘤などを呈するときに、当帰・川芎・炮姜などと用いる。
③抵当湯
蓄血の狂躁状態・下腹部が硬く脹るなどの症候に、水蛭・虻虫・大黄などと使用する。
⑤復元活血湯・桃仁湯
打撲外傷による内出血の腫脹・疼痛に、紅花・穿山甲・大黄などと使用する。
⑥葦茎湯・大黄牡丹皮湯・腸癰湯
火毒壅盛の気滞血瘀による肺癰(肺化膿症)・腸癰(虫垂炎など)に、芦根・薏苡仁・冬瓜仁・牡丹皮・紅藤・大黄などと用いる。
潤腸通便
五仁丸・潤腸丸
腸燥便秘に、杏仁・麻子仁・柏子仁・郁李仁などと用いる。
その他
双仁丸
止咳平喘の効能をもつので、気逆の喘咳・胸膈痞満に、杏仁などと用いる。
臨床使用の要点
桃仁は苦甘で平性であり、心肝二経の血分に入り、苦で泄降導下して破瘀し、甘で気血を暢和して生新し、破瘀の効能が生新に勝るので、行瘀通経の常用薬である。それゆえ、瘀血積滞の経閉・痛経・癥瘕、産後瘀阻の塊痛・悪露不行、蓄血の発狂、跌打損傷の瘀痛、肺癰・腸癰などに常用する。また、油脂を豊富に含有し潤腸通便に働くので、陰虚津枯の腸燥便秘にも適用するが、効力が十分ではないので潤燥滋陰薬を配合する必要がある。このほか、止咳平喘にも働くので気逆喘咳にも用いる。
参考
桃仁・杏仁は止咳平喘・潤腸通便の効能をもつが、杏仁は気分に偏し降気消痰にすぐれ、桃仁は血分に偏し破瘀生新にすぐれている。
用量
6~9g、煎服。
使用上の注意
①種皮を除き搗き砕いて用いるのがよい(桃仁泥)。
②桃仁は「走きて守らず」「瀉多補少」であるから、瘀血がないものや泥状便には用いない。妊婦には禁忌。